腰切り棒術に於ける絡み術

円空流は棒術が本傳であり、それに付属して剣術であったり柔術であったりしています。

特に腰切り棒術の手の内が出来ませんと、話にはならないのです。

つまり、足の運用、体の運用、膝の使い方等の基本は同じになります、よってこれら修行を怠ると小手先の技術は身に付きますが、崩しや切り返し、膝落、天狗、他の口伝を指導してもさっぱり動けない·····何て事になってしまうのです。

当然ですが技が出来ていなければそれ以前の問題で昨日も稽古の中で初学表合いの変化を稽古に、基本中の基本である初学が身に付いていなければ理解出来ない技の稽古をしました。

棒が手の中で活きていなければならない、活かすも殺すも稽古する本人の努力それ以外にはないのです。

良く言われる棒は手の延長、これは剣だって、薙刀だって槍だって同じことを言います。

其れだけ手の一部になるまでに馴染ませて使いこなす事が出来るには、一朝一夕では出来ません。

中国拳法の言葉に「功夫」クンフゥと呼びますが、その人の努力によって拳法が身に付いた様を呼び、中途半端な方や未熟な方にとっては耳の痛い言葉なのです。

誰もが師匠から”功夫が身に付いたね”と言って貰いたい一心で稽古を積み重ねているんです。

日本の武道でも同じで、段階が進めば師匠から切り紙や目録等が頂けるわけで、それを貰いたくて頑張る、師匠に追いつきたい、いやそれ以上の追い越したいと思って修行しているのです。

皆さんも来年もこそはと願いを込めて、稽古に社会人としてなど頑張って欲しいものです。

今年一年、ありがとうございました。

来年もまた、一生懸命頑張って事故研鑽しながら指導していきたいと思っています。

問い新年を迎えて下さい。